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なごみ事務所

不動産投資だけで生活する孤独なアラサー男の日常

セミリタイアの醍醐味 時間編

私の思うセミリタイアの最大の醍醐味は「時間」

だと思っている。

 

普通の人が働いている「時間」

を使って、新しい知識や考え方に触れる。

スポーツジムに通って、見た目を若く保つ。

人より多く寝て、鬱などを防ぐ。

映画やドラマを見て新しい刺激を受ける。

投資に力を入れる。

どれもそれも「時間」が可能にしている。

 

これらは働いていてもできる事だが、

リーマンという限られた時間の中でするのと、

時間に縛られずにするのとでは感じ方が全然違う。

 

特に民間のリーマンの疲労というのは私も経験している。

仕事が終わって自宅に帰って、本を読んだり映画を

ゆっくり見る力などない。

 

風呂に入ってテレビ見て寝る。

その繰り返しだ。

 

それくらい疲れ果てた毎日だ。

「時間」がいかに貴重かなどという事も

忘れてしまうくらい。

 

幸い私は元々真面目な性格もあって、

リタイアして自堕落になるような事はなかった。

 

私の幸せは「時間」を贅沢に使える事

だと思っている。

都会も田舎も同じ事

私の住んでる所は地方の田舎町なのだが、

最近、私に限っては都会も田舎も同じなのでは

ないかと思う。

 

友人がいるわけでも、彼女がいるわけでもない。

会社勤めしているわけでもなければ、

休日は家にいる。

 

これだったら、別に都会でなくてもいいような気がする。

むしろ静かな田舎の方が都合がいいのではないか。

 

確かに出会いは少ないが、

都会だと出会いは多いのだろうか。

 

基本事務所にこもっているから

出会いの数もきっと変わらないだろう。

 

私はずっとこの田舎町が嫌いだった、

老人ばかりで活気もなく、出歩く所もない。

 

若者の75%が県外に出るような所だ。

私も学生時代は県外に出たのだが、

就活失敗という憂き目に会い田舎に帰ってきた。

 

こればかりは自分の実力不足としかいいようがない。

田舎が嫌いで飛び出し結局戻って来るという皮肉な話だ。

大卒フリーターという屈辱も味わった。

 

今の事務所の売上は結構よく、私の収入は同じ年齢の大卒男性より

はるかに上だ。その事に不満はない。

屈辱こそが原動力になったからだ。

 

これからは地方はもっと廃れていくだろう。

時代の流れだから仕方がない。

 

しかし私はたとえ廃れようとも、この場所に

骨を埋めようと思っている。

「お金はいつも正しい」からお金の勉強の必要性を学ぶ

筆者は誰もが知っている堀江貴文だが、

彼の生き方、考え方は人を惹きつける何か

があるのだろうか。

 

ある程度お金がある人なら、

だいたい同じような考え方になるから

特に目新しさは感じなかったが、

非常に研究熱心で勉強家である事はよく分かる。

 

 

何の後ろ盾のない所から会社を上場させただけの事はある

と思う。

 

悪者のイメージがあるが、本の中では意外にちゃんとしている。

 

金儲けの才能に関しては彼ほどの人いないだろうと思う。

それは常にビジネスの事を考えているからだろう。

 

何よりも誰にも遠慮せず

自分に正直に生きている所が気持ちいい。

 

そこがきっと

彼の本が売れる理由なのだろうと勝手に思う。

 

どうやらお金の勉強をする事で物事の本質が見えてくるみたいだ。

 

だからタイトルに「お金」というキーワードが入っているのだろう。

老害について スポーツジム編

私はスポーツジムに毎日通っているのだが、

実はそこで嫌がらせを受けている。

 

毎日いる老人なのだが、

休憩室で朝から晩までテレビを見ている

呆れた老人だ。

 

私が来ると、わざと咳き込み追い出そうとする。

どうにも馬鹿げた老人だ。

 

他の老人にも私の悪口を言っているらしい。

まさに老害そのものだ。

 

私も普段は相手にしていないのだが、

今日、あまりにもムカついたので、

グッと睨んでしまった。

 

すると何やらブツブツ言いながら私の方に来た。

「フロントに言うからな」

と言われたが一体何を言うのだろう。

 

私も大人げないのは認めるが、

老人に対しては何でも

我慢しなければいけないのだろうか。

 

実は私はそのスポーツジムに土地を貸している

オーナーなのだが、老人がフロントに文句

を言ってどうなるのか楽しみでもある。

 

もちろんジム側の従業員は私が

オーナーである事を全員知っている。

 

さてどうなるのだろう。

 

社会との接点がない、と言うけれど

在宅(事務所)で1人で

仕事をしていると、社会との接点がなくなる、

とか誰とも話さないので人間として成長しない。

 

などと言われるが果たして本当にそうだろうか。

 

私見だが、みんながイメージする

コミュニケーションを中心とした、

ホワイトカラーの「普通の会社」「普通の仕事」

というのは、本当にごく一部しかない、

 

私の住んでいる田舎の「会社」や「仕事」

というのは、

 

工場、介護、コンビニ、スーパー、零細会社、建設現場などだ。

田舎のだいたいの人間がそういう所で働いている。

 

私はいろいろ職を経験したが、

田舎の仕事に人間的成長や社会的接点、など

入る余地はない。

 

「あいつはムカつく奴だな」

「早く仕事終わらないかな」

 

ほとんどの人がそう思いながら、

嫌嫌ただ作業しているだけだ。

 

特に零細や工場に至っては出世とは無縁の世界だ。

 

ビジネス本に書いてある事

「効率」「スピード」

など正直どうでもいい。

 

底辺とはそういう世界なのだ。

 

なので、在宅で仕事をする人には、

社会との接点や、成長など、

抽象的な言葉に惑わされずに、

ただ稼ぐ事だけを考えればいいと思う。

士業、自分には向いていない

ここしばらく資格の勉強をしていたのだが、

これはダメだ。

 

どうしても受かる気がしない。

退屈な手続法をやっていると発狂しそうになる。

 

そういえば

今まで先の事ばかり考えて生きてきたような気がする。

私は今を生きているのだろうか。

 

中学の頃は高校生活に憧れて、高校の時はキャンパスライフを

夢見て勉強していた。

 

そして大学に入っては将来の仕事の事を考え、

社会人になってからは、今後のためにと、

 

今後のため、万が一のため、など

不確定な事に縛られて今を楽しんでいないような気がした。

 

今日、あさのテレビで何かの医者が言っていた。

長期的な目線なんてアホくさい。

そんな事より、目の前の事に集中する方がいい。

 

私の今集中すべき事、目の前の事はなんだろう。

それは決して万が一のための資格取得ではないような気がする。

 

こんな気持ちで勉強していても受かるはずがない。

こんな気持ちになるという事は元々士業に向いていないのだろう。

 

今の自分を、この瞬間を生きてみようと思う。

「孤独」とどう向き合うか

私みたいな人間は「孤独」とどう向き合うかが大きな

テーマである。

 

友人もいない、彼女もいない、相談相手もいない。

世間体すらない。仕事は事務所で一人きり。

きっとこの先もそうだろう。

学生の頃の友人の状況がどうなっているかの情報すらない。

 

自分がまるで幽霊のようだ。

 

この状況の中でどう自分と向き合い、

どう過ごしていくか。

 

いまでもこのままでいいのか、

という自問自答を続けている。

 

「自己肯定力」が低いのだろうか。

 

私は孤独耐性が普通の人より強いとは思っていた。

 

しかし時には不安ではなく寂しさを感じる事があるのも確かだ。

寂しさあまり婚活をしてみたのだが、

それで埋まるものではない事も明確に分かった。

 

その点だけでも婚活に参加した意義はあったと思う。

 

誰かのために何かをしたい、誰かに頼られたい。

それが奥さんや子供なのだろうか、

はたまた何かに困っている人のためだろうか。

 

誰かに愛されている人は幸せだと思う。

 

34歳となった今、

自分のためにだけ生きる人生が少し寂しく思う今日この頃だ。